縁起
開創
慶長5年
開山
龍獄院日長上人
開基
佐渡阿間梨日向聖人

米子城主・一忠の菩提寺
慶長五年(一六〇〇年)
静岡感應寺代十一世龍嶽院日長上人の時に、駿府14万石中村一氏公の嫡子一忠公、伯州の大守に封せられるに当たり、日長上人に深く帰依していた家老横田内膳正村詮は、伯耆国(米子)に住にあたり、彼の地に仏閣鐘楼は駿府感應寺を模した寺院の建立を約し、上人の来寺を屈請した。
当山の草創は慶長五年の春で横田内膳正村詮の建立になるものである。身延山二祖佐渡阿闍梨日向聖人を開基とし、静岡感應寺四祖行学院日朝上人を第二祖とし、第三祖龍嶽院日長上人をして開山中興の祖としている。
村詮は屡々当山に来たりて教えを乞うていたが、慶長八年十一月二十四日ざん言にあい一忠公により手討ちにあうや、日長上人直ちに城に上り、その遺骸を肩に担ぎ寺に帰り手厚く葬った。

その後、一忠公は日長上人の徳を慕い当山檀越となり、三百石の寺領を給し、菩提寺とした。現在中村伯耆守菩提寺と称する所以である。慶長十四年一忠公二十歳にして薨ずるや法号を青龍院殿一融源心大居士といい霊廟は当山にある。一忠公を当山に埋葬することとなった為先に埋葬された横田内膳正村詮は妙興寺に改葬された。
日長上人の弟子、日陽上人駿府感應寺より徳川頼宣公の屈請により紀州感應寺をおこした。
駿府感應寺(静岡)伯州感應寺(米子)紀州感應寺(和歌山)を天下の三感應寺といい有名である。ともに常住山感應寺と称し開基は佐渡阿闍梨日向聖人、中興行学院日朝上人とするところも皆同じである。
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第36世住職 山崎恵由(やまさきえゆう)
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